離婚コラム
借金が婚姻生活を支えるためのものである場合、ほかの財産分与対象財産から借金分を差し引くことができることについては、別コラム「借金があるときの財産分与」で解説しています。
それでは、「夫婦で住むための住宅を購入して住宅ローンを組んでいるが、住宅ローンの残りの額が住宅の価値よりも大きい」という場合(=住宅に含み損がある場合)についても、ほかの財産分与対象財産から含み損分を差し引けるのでしょうか。結論からいうと、必ずしもそうではありません。含み損(=実際に売却していない)段階では、ほかの財産分与対象財産から差し引かないという処理がなされることもあります。
夫婦で築いた財産として、夫名義の銀行預金1000万円と夫名義の自宅がある。自宅には住宅ローン(夫が単独で借りている)が残っており、仮に今売ったとしたら700万円の損になりそうだ、というケースを考えてみます。
夫としては、「住宅ローンは自分の単独名義で借りている借金だが、夫婦で住むために借りた(婚姻生活を支えるための)借金なのだから、1000万円から700万円を差し引いた300万円が分与対象財産となる。したがって、(分与割合を50:50とすると)妻には150万円を分与すればいいはずだ」と考えています。一見理屈が通っているように見えますが、はたして実際にそうなるでしょうか?
端的にいえば、住宅の含み損相当額を財産分与対象財産から差し引くということは、差し引く限度で、その含み損を妻にも負担させていることになります(詳しくは「借金があるときの財産分与」に譲ります)。
借金は金額が確定していますが、含み損はあくまでその時点での「予想の損」にすぎません。仮に住宅が高く売れれば実際の損は圧縮されることになります。たとえば住宅ローンの残債務が3000万円、住宅は2300万円の査定であった(=この時点での含み損:700万円)が、実際には2900万円で売れたのなら、実際の損は100万円だということになります。
財産分与の際に700万円を差し引くことで、妻にとっては、損が700万円で固定化されることを意味します。すなわち、「700万円を差し引いて妻が財産分与を受けたのに、離婚直後に夫が物件を売却したら、実際の損は100万円であった」「売却したら実際の損が900万円になった」という場合もありうるでしょうが、そのような差異は考慮しないということになります。
法律上、財産分与の額やその方法は、家庭裁判所が一切の事情を考慮して定められることとされています(民法768条)。しかし、それ以上の細かい規定はなく、住宅の含み損をどのように計算すべきかという一律の決まりもありません。このように、もともとの法律が、家庭裁判所(裁判官)の裁量に多くを委ねている形になっていることに注意しておく必要があります。
東京家庭裁判所での調停・審判においては、このような考え方が取られていることがしばしば見受けられます。上記参考事例でいえば、「含み損が700万といっても、現実に売却するまでは損がいくらなのかは分からないから、1000万円を2分の1で分けるべきだ」という結論になります。つまり、住宅の損益は全て所有者である夫に帰属させるということです(それが嫌で含み損を反映させたいなら、現実に売却して損を現実化させろということです)。
もっとも、上述のとおり、そのような考え方をしなければならないと法律に書いてあるわけではありませんから、何も言わなくても裁判所が自動的にそのように判断してくれるとは期待しない方がよいでしょう。住宅の購入経緯その他の事情によっては、「住宅の含み損は所有者が負担すればいいはずだ。住宅もローンも夫のものであって私には関係ないから、それ以外の財産をきっちり2分の1で分けろ」と妻がはっきり主張したとしても、裁判所が「一切の事情を考慮」した結果、その主張が通らないこともありえます。
この理屈からいえば、逆に住宅に含み益がある場合にも(その含み益を無視して)それ以外の財産だけを分ければいいのではないかということになりそうですが、含み益の場合には、財産分与の対象として考慮されることが通常です。
もともと財産分与についての細かい法律の規定は存在しておらず、家庭裁判所が一切の事情を考慮して決める、とされているだけです。そのため、家庭裁判所(裁判官)の裁量が非常に大きいことに注意する必要があります。住宅の価値よりも住宅ローンの残債務の方が大きく含み損がある場合、その含み損を他の財産から差し引くかどうかについても、理屈上は裁判官の裁量次第ということになります。
少なくとも東京家庭裁判所においては「現実に売却しない限り、含み損は考慮しない」という考え方で運用されることが多いように見受けられますが、だからといって「住宅の含み損は一切考慮する必要がないという取り扱いになっている」と決めつけるべきではありません。あなたに有利になる考え方で計算しつつも、その方法を取った場合の結論が、一切の事情を考慮すると相手方にとっても不当なものではないのだということを、説得的に主張していく必要があります。